仮説・論説 512 生きて行くと言う事
- white-eagle1958
- 3月29日
- 読了時間: 2分
2025.03.29
私は人生とは何なのかを時折考えます。それは年を重ねるごとに違ったものに思えます。
若い頃はこんな事は考えもしませんでした。自分の人生を思うがままに生きていけたら、どんなにか良いだろう。誰しもそう思うのでしょうが、現実はままならない。
願いと実際は掛け離れたまま、どう生きるかさえ判らぬまま、生きていました。
言わば現実に流される様に生きていたのです。
宗教に興味を持ったのは、その頃でしょうか・・・思うに任せない人生に対する救いを求めたのかも知れません。自分の人生は何なのだろう?このまま一生何かに掛ける熱意も持てないまま終えるのだろうか? 自分の人生が酷く詰まらないものに思えたものです。どうして自分は輝けないのだろう? こんなはずじゃない、このまま終わりたくない、そう思っています。
それが一変したのは、妻を失った事故からでしょうか?あれから人生が変わってしまいました。翌年、妹を病気で失いました。私の世界が暗転したような気分でした。世界が敵になった様でした。次から次へと襲い来る正体不明の強大な悪意、その対処で私は一杯一杯になりました。気が狂いそうな日々の連続、良く生きてこられたものだと不思議です。今当時を振り返ると、この時から私の悪業落としの人生が始まったのだと思えます。
詰まりあの事故まで(45歳)の人生は、悪業落としの準備期間だったのではないかと思うのです。この悪業落としの人生は今も継続中です。だから次から次へと試練がやって来るのだろうと考えています。どうしてこうなったのか?
それは私が罪深い人間だったからでしょう。
今私は、生きて行くと言う事は、自分の犯した罪に向き合う事なのだと思わざるを得なくなりました。今私が遭遇している悪意の数々は、総て私が以前(過去世を含む)誰かに発した悪意なのでしょう。うんざりしていますが・・・
そして私が貯めこんだ善業は、この悪業の処理に使われているのだと思います。
私が犯した罪(前世を含む)があとどれくらい残っているのかは判りません。
しかしそれほど残っていないのも判ります。
確信が在ります。多分私はこの状況を乗り切れるだろうと・・・
その先に何が待っているのか?
多分今までとは違った人生になると考えています。頑張ろう・・・
何が始まるのか楽しみだ
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